鳴海広之の場合。天使の領分2

　「背徳の姫君・番外」下向き少女と隣の委員長の受験風味の年越し彼視点の第二回です。
　いまだ年越し中の話ですが、今しばらくお正月ネタにお付き合いください。
　彼視点は次で終わりです。
　そのあと、茉緒さん視点で二回くらい？
　そのあとは、「小さき姫～」に戻ります～。

　以下、「背徳の姫君」番外、天使の領分2。彼視点。
　やや文章量は長め、だけれど内容は彼女視点とかぶっているので目新しさはないなあ……逃げられると追いかけたくなる、ってコト？

――　背徳の姫君。～鳴海広之の場合・天使の領分2～　――

　（あー、失敗した）と逃げた志穂の背中を目で追って、鳴海広之〔なるみ　ひろゆき〕は年明けたばかりの夜空を仰ぐ。
　抱かない、と決めてから彼女とキスするどころか、手を繋ぐことさえ躊躇〔ためら〕うようになった。
　何が引き金で志穂を抱きたくなるか、わからないし。
　と、我慢をすればするほど反動は大きくなる気がして……正直、二人にはなりたくないとさえ思っていた。
　そのせいだろう。
　広之の思惑を知らない志穂はいつもの後ろ向きな発想を発揮して情緒不安定になり、袖を掴んで縋ってきた。
　「二人の間にわたしが入っていいの？」という数日前に聞いた志穂の的外れな、というか仮にも付き合っている彼氏に「彼女」が言うべき台詞じゃないだろ？　という呆れた発言を思い出す。

　そうだな、と今だけなら アレ に同意を示してもいい。


（志穂が――あの北見茉緒くらい察しがよければ、こんなにも俺の理性を掻き乱しはしないのに）


『鳴海くん……』
　茉緒が先に山辺家の玄関に入っていったあとの、二人きりの空間で悩む。
　手を繋いで、俯いたままの彼女の頬を持ち上げ、どう伝えるべきかと言い淀む。
『あのさ……』
『なに？』
　不安に揺らぐ志穂の目は、想像した何よりも広之の心を揺さぶった。
『ああ、うん。悪い、ちょっと今……決心が揺らいだ』
　彼女が何かを問うより先に唇を奪って、舌を入れ、ふかく口づけた。
　広之の胸の中で苦しげに喘いだ志穂はぼんやりなって、彼のコートを手袋の手で握りしめる。
　その仕草が頼りない彼女らしくて、……ひどく、彼の庇護欲を掻きたてる。
（コレがワザとじゃないっていうのが、凶悪だよな）
　と苦々しく思いながら、笑うしかなかった。

『あーあ、このまま持ち帰れたらいいのに』

　ギュッと抱き締め。
　ビクリ、となった彼女に『嘘だよ』と繋いでいた手を離せば、涙目の志穂とカチリと目が合った。カァッと頬を染め俯いた彼女は逃げるみたいに玄関に走って、振り返ることなくバタンと扉の向こうに消える。
　それだけで、広之を煽るには十分だった。

　あの小動物の眼差しは、きっと捕食されるのを待っている――。


「　ったく。どれだけ俺に襲われたいんだよ？　おまえ　」
　暗い夜空を仰いでいた広之は白い息で呟き、（我慢なんかできるかよ）とほとほと彼女に弱い自分の理性が嫌になった。

　　>>>続きます。